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酔っぱらい

自由な人を見ると、羨ましいと思ってしまう。

たとえ泥酔して醜態を晒しながらでも、本音で話す姿は神々しくさえある。

言い換えれば体たらくな、怠惰な、図々しさ。

どんな人生でも自分で選び責任をとる自由。

私には自由が足りないのかもしれない。

ないようである鎖。

つまるところ自己肯定感が薄いという、厄介な鎖。

しかしそれも、変わりたくない、不幸でいたい、ただの言い訳。

かもしれない。

本当は、今、今、今。今があるだけ。ちらっと聞きかじった浅知恵。

学生時代、フロイトとユングの間でごっそり抜け落ちていたアドラー心理学。

今度ちゃんと読んでみようと思う。

酔っ払いもアドラー心理学も、昨日偶然観た話。

暇の光明。

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