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愛犬

以前仕事でご一緒して今はSNSで薄く繋がるクリエイターさんがいるのだけれど、

彼女の愛犬が今朝亡くなった、とSNSを通じて知った。

彼女はずっと闘病の様子を愛情深くでも淡々と写真とともに綴っていて、

彼女自身がフリーランスだったり愛犬がチワワだったりと共通点が多いせいか

投稿を拝見しながらどこか自分に重ね合わせていたのかもしれない。

その知らせを受け、思った以上に動揺してしまった。

私は愛犬が危篤を宣告された夜から1年と少しの間、

自分にできることは全てする覚悟でずっと愛犬のそばにいた。

だから最期は看取れなかったけれど、愛犬との時間はとても幸せだったし悔いはない。

彼女の気持ちはわからないけれど、最期までずっとそばにいて

愛犬の看病をされたとのことだからそのことだけは幸いだったろうと思う。

ちょっと堅い話になるけれど、動物を飼うということはその最期に

葬送、保健所への連絡、遺品の整理という現実があるということだ。

しかもそれらは心を引き裂かれるほど辛い体験だ。

でも、そこまでを引き受けて初めて動物を飼う資格がある、と私は思う。

そしてそこまで引き受けたからこそ、動物と共に生きたと胸を張って言える。

勝手に投影して申し訳ないけれど、彼女もきっとそう言える人だと思う。

世の中にはショックだなんだと最期の部分だけ他人に丸投げする人がいる。

そんなことをしたら動物と生きた時間の全てを台無しにしてしまう気がするし、

動物に対して無責任な気がするから私には理解できないのだけれど、

とにかくそういう人はかわいそうな人だと思う。

いろんな考え方があるからあくまで私の価値観だけど、

私は最期まで自分で体験できて幸せだった。本当に。

彼女もきっと幸せであってほしい。心からそう願う。

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